第5回コラム【続・即時取得】~無から有が生まれる~

洋服は誰のもの?事例の検討。



勝手に洋服を売られたAさんに起こる悲劇。

さて前回に引き続き即時取得について書きたいと思います。
まずは事例の確認をしましょう。

前回の記事はこちらから。
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【事例の確認】
・AさんはスタイリストのBくんに自分の洋服を貸した
・BくんはモデルのCさんにAさんの洋服を売った
・Cさんはその洋服がBさんの物であると信じていた

以上の事例を踏まえた上で今回の結論です。

【結論】
Cさんが自主的に洋服を返しますと言わない限り、Aさんは洋服を取り戻すことはできない。


Aさんかわいそう。。。
ですが、残念ながら法律上ではAさんは洋服の持ち主、つまりは所有者とは認められません。

では何故そういうことになるのか。

それはCさんが新たにその洋服の所有権を取得したという法律の判断がされるからです。
これを【即時取得】と呼びます。

民法第192条にあるこちらの部分

「即時にその動産について行使する権利を取得する」


これが、所有権を取得するということを表しています。

ん?じゃあ他人の物であってもそれをちゃんとお金を出して買えば誰でも所有権を取得できるの?
そんな風に思われる方もいるかもしれませんが、さすがにそんなことはありません。
同条の前半には所有権を取得する場合の要件(条件)が規定されています。

取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは


この部分です。

192条前半の意味。

さて、上記の条文の前半部分は一体どういう要件を定めたものでしょうか。
ここは前半部を4つに分けて考える必要があります。
つまりは

1.取引行為によって
2.平穏かつ公然と
3.動産の占有を始める
4.善意かつ無過失(過失がない)

という要件が揃って初めてCさんに所有権を取得する可能性が出てくるわけです。
占有という言葉は考えると色々難しいのですが、今回はその物を「持っている」ということだと考えて問題無いと思います。

今回の具体例にあてはめてみましょう。

1.取引行為によって】

BくんがCさんに対して洋服を売ったこと。これが今回の具体例における取引行為です。
つまりは洋服の売買契約がされたということで取引行為によっての要件を満たします。

【2.平穏かつ公然と/4.善意かつ無過失】

上記二つの要件は以下の二つの条文によって満たされます。
若干難しい話ではありますが、同じく民法の第186条1項、188条で以下のように規定されています。

(占有の態様等に関する推定)
第186条1項
占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。

(占有物について行使する権利の適法の推定)
第188条
占有者が占有物について行使する権利は、適法に有するものと推定する。


ここは深く突っ込むと、夜が明けるどころか月をまたぐ可能性が出てきますので、批判を覚悟で大きく端折って説明します。

あくまで今回の出来事で言えば
上記の188条によってBくんが適法にその洋服を持っていたということになる(推定される)ので、その人から洋服を買ったCさんには過失がない(無過失)ということになるよね。

そしてBくんから洋服を買ったCさんは占有を開始したわけだけど、その占有は第186条1項によって善意で、平穏に、かつ、公然とされたよね。
という構成によって、Cさんが洋服の所有権を取得するための要件が満たされます。

【3.動産の占有を始める】

これはBくんが持っていた洋服を、実際にCさんが洋服を受け取っている以上要件は満たされます。
BくんがCさんの洋服を引き渡したということが要件になっているのです。
※Cさんがお金だけ払って実際に受け取らなかった場合にどうなるかは後述します。

以上全ての要件を満たしているCさんは新たに所有権を取得することとなります。

実はここで非常に不思議なことが起きています。
Cさんの取得した所有権は元々Aさんのもとにあった所有権ではないのです。

例えばこれがAさんがCさんに洋服を売ったという話であれば、Cさんは前所有者であるAさんの権利を承継したということになります。
しかし即時取得の場合はそうはなりません。
全く新しい所有権が要件を満たしたことで何も無いところから生まれ、そしてAさんから権利を承継せずCさんが独立した権利者となったのです。
これを【原始取得】といいます。

これが無から有が生まれるという意味です。

即時取得とは一体なんのための規定なのか。

さてどう考えてもかわいそうなのはAさんのように思えます。
Bくんにお願いされて好意で大切な洋服を貸したのに、それをCさんに取られてしまった…。
そんな風に思っていることでしょう。

ただ一方でCさん側から見た場合はどうでしょうか?

Cさんはモデルです。
もしかしたら洋服を手に入れた後、それを着てオーディションを受けているかもしれません。
そのオーディションは見事に合格!
ただし撮影にはオーディションの際に着ていた洋服を必ず持ってくるように言われました。

その場合、もし洋服を返さなければならなくなってしまった場合、Cさんはクライアントとの約束が守れなくなるので、結果として損害を被ります。

洋服という例えなので少しイメージが湧きにくいかもしれません。
これが何か大きな製造機械のようなものであったらどうでしょうか?

会社が中古の製造機械を買ったとします。
その会社はこれでクライアントからの受注を増やせるということで一気に新規の受注を取りました。
当然納期も決まっています。

そんなときに製造機械を売ってもらった相手から
「実はあの機械、うちの物じゃなかったから返してもらえる?」
と言われても、もはや受注をしており、納期も決まっている以上、ちゃんと納品ができなければ会社に多大な損失が出てしまいます。
はいそうですかと返すわけにはいかないのは想像に難くないでしょう。

つまりこの即時取得の規定は取引行為の相手を保護するための規定であると言えます。
動産(今回でいうと洋服)の取引きは日常的に頻繁に行われます。
もし即時取得の制度が無ければ、取引きの度に相手が真の所有者かどうかしっかり確認をして、それが取れない限りは買うことができないことになってしまいます。
それでは経済活動が滞って仕方ありません。

ですので動産に関しては例え真の権利者で無い者と取引きをしたとしても、目的の物を現に持っており、それが真の権利者であると信頼して取引をした者を保護しましょうということになっているのです。


一方で不動産に関しては、業者である場合を除けば頻繁に取引が行われるということは考えづらく、また登記という所有者を公示する制度がありますので、不動産の即時取得については法律で認められていません。

Aさんに逆転の目は無いのか?

再度事例に戻りたいと思います。
Bくんにほのかな恋心を抱いていたAさんはこのままだと洋服は失うわ、好きな人との関係も微妙な感じになるわで踏んだり蹴ったりです。
Aさんが洋服を取り戻すことはもう本当にできないのでしょうか?

例えば今回の事例に、以下のような事情があればCさんは即時取得しない可能性が出てきます。
つまりAさんは所有権を失わずに済みます。

① Bくんがスタイリストではない
CさんはBくんがスタイリストであるので、女性の洋服を所有していることに疑いを持ちませんでした。職業柄、当然そういうこともあると思ったからです。
しかし、Bくんがスタイリストで無ければ話は変わってきます。

本当にこの人の服なのだろうか?
誰かに借りてきた物ではないだろうか?

そういう疑いをCさんが持っていれば、即時取得の【善意であること】という要件が満たされなくなります。
Cさんが洋服をBさんの物であると信じていることが重要な要件となっているのです。

② 洋服にAさんの名前が書いてあるタグがついていた
大人の洋服を例にしているので少し現実的ではありませんが、もし洋服にAさんの名前の書いたタグのような物がついていれば、Cさんはその場でBくんに本当にBくんの物であるかどうか確認を取るのが自然です。
さらに仮にCさんがAさんとも知り合いであれば、直接確認を取るということも考えられます。

※この所有者がわかるタグなりプレートなりを動産(物)につけておくという方法は、現実社会で実際に頻繁に行われています。
それについては次回以降のコラムでご紹介できればと思います。


タグがあれば他の人の名前が書いてあるのにBくんの物だと信じて取引するのはおかしいでしょう?
と認定される可能性が高くなりますので、その確認を取らなかったCさんは過失有りとされ、【無過失】の要件を欠くこととなります。


③ Cさんが洋服を受け取っていない
どういうことかわかりにくいかもしれませんので、説明します。
BくんはCさんに洋服を売ることは約束し、お金を受け取りました。
ただその日は洋服そのものはCさんに渡さず、Bくんが持って帰ることになりました。
少しだけ糸が綻んでいるところがあったので、そこを直してから渡してあげることになったのです。

実はこの場合、外観からするとCさんは洋服を占有していませんが、法律上では占有者ということになっています。
占有というのは見た目に変化が無くても他社に移るのです。

ある目的物の占有を相手方に移転し、その目的物は引き続き元の占有者の手元に置くこと。
これを【占有改定】と言います。民法183条です。

(占有改定)
第183条
代理人が自己の占有物を以後本人のために占有する意思を表示したときは、本人は、これによって占有権を取得する。



上記の条文における代理人はBくん、本人がCさんです。
洋服はCさんに売ったけど、引き続きBくんが持っているねということです。


では、この占有改定による引き渡しによって、Cさんは洋服を即時取得するでしょうか?

判例は引き渡しがこの占有改定による場合であれば、即時取得はしないとしています。
外観に変化が無いのにCさんに即時取得を認めてしまうのはさすがにやりすぎということでしょうね。

まとめ



二回に分けて動産の即時取得という制度について書いてみましたがいかがでしたでしょうか?
Aさん側からだけ見てしまうとどうも納得できないところはあると思いますが、当事者全体を通して見るとその制度の意味が見えてくるところがあると思います。


民法に限らずどの法律でも言えることですが、多くの場合法律行為をした本人と相手方、もしくは第三者を含めた複数の者、それぞれの利益のバランスが考慮されて制定されています。
利益のバランスを考えることを利益衡量と言いますが、その視点を持つことは法律を知る上でとても重要です。
そしてその視点を持つことで、理解がどんどん進む内容も多くあります。

だからそんなルールになってるのか!とわかってくると法律って結構楽しいですよ。

今回のコラムは以上です。
長文にもかかわらず最後までお付き合いいただきありがとうございました!


司法書士・行政書士事務所 Wille

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